くにゅくにゅの雑記帳

実験ノート的なやつ

小美濃芳喜『メイカーとスタートアップのための量産入門――200万円、1500個からはじめる少量生産のすべて』

小美濃芳喜『メイカーとスタートアップのための量産入門――200万円、1500個からはじめる少量生産のすべて』,O'Reilly Japan を読了。

本書は,学研の「ふろく」の企画開発と生産の立ち上げに備わってきた著者の経験をもとに,製品の量産が,いかなるプロセスを経て実現されるのかを解説したものである。一口に量産といっても,家内制手工業の域で細々と作っている規模のものから,専用工場を建設して年間数千万個といった規模のものまであるわけだが,本書が扱うのは,企画生産台数が万に満たない小ロット製品を,主に中国などの海外工場を使って,低予算で立ち上げるというシーンだ。スタートアップが,新たなハードウェア製品を市場投入する場合は,このカテゴリに当てはまることが多いとみて,そうした事業の成功の一助になればという想いが,冒頭で述べられている。

本書では,企画段階でやるべきことから,プロトタイプの意義,海外工場との付き合い方,商慣習,金型や基板,そして貿易のことまで,海外工場での生産を行うにあたって,おおよそ知っておくべきことが網羅的に取り上げられている。加えて,本書では著者の実体験から得られた失敗談やセオリーがふんだんに記述されており,通り一遍の知識だけを記述した指南書とは一線を画す内容となっている。量産立ち上げ時に経験する生々しいストーリーは,一般的になかなか表に出てこない部分であり,著者の体験は貴重で,迫真的である。同様の業務経験がある人なら,一種の「あるあるネタ」としても読めるんじゃないだろうか。

しかし,入門という位置づけの本書が,現場のリアルを基軸として記述されていることには違和感もある。EMSや,樹脂成形,金属加工などの工場と関わった経験がまったくない人が,本書の記述を読んで,その情景を脳裏に浮かべられるかは疑問だ。それ以前に,企画の問題も資金の問題もクリアしている人にとっては,量産化を任せられる業者に,いかにして辿り着くかこそが,最初で最大の課題となることが多い。逆に,そこでの巡り合わせがよく,信頼関係を築くことができれば,金型やら何やらという製造技術的な話は,些末な問題に過ぎなかったりする。本書でも,適切な発注先を探すことの難しさについては触れられているが,明確な解決策は示されない。

また,入門書の宿命であるが,本書が扱う職能の範囲があまりにも広大である分,全体的に駆け足気味であり,ひとつひとつの内容が薄いことはどうしても否めない。各章いずれも,それだけで一冊の本が書けるテーマを扱っているにもかかわらず,それらをまるっと200ページそこそこに凝縮してあるのだから,やむを得ないことである。逆にいえば,小ロット量産の流れを順を追って説明した入門書としてはよくまとまっており,まず何らかのイメージを持ちたいという人には良い本だと思う。本書でまず,製品がどのように製造されているのかの大局観を得たうえで,個々のプロセスについて,興味がわいた部分から掘り下げてゆくことが良いのではないだろうか。

ところで,量産が,小ロットなら手軽にできるという考えは誤りだ。大規模には大規模なりの,小ロットには小ロットなりの難しさがあり,いずれも茨の道であることに変わりはない。見方によっては,1k~2k個規模の量産こそがいちばん扱いづらいと言える。大規模案件と比べると,少量生産では,なによりもまず初期コストに厳しい制約がある。生産数量が少なければ少ないほど,製品原価に配賦すべき初期コストが目立つようになり,この額が大きすぎると,そもそも事業として成り立たなくなるからだ。ゆえに人的リソースも潤沢でないことが多い。大企業の大型投資案件なら各分野に精通したエンジニアを工場に集めて,常駐させておけるかもしれないが,小ロット案件ではそれは望むべくもない。あらゆる課題を,少人数で,かつ短期決戦で解決することに迫られる。

だからといって,やっつけ仕事では絶対に立ち上がらないのが,数千個という規模の恐ろしさである。ぐだぐだのまま力業で作りきって,最後は人海戦術でどうにかできるのは,せいぜい100個か200個までだ。それ以上になると,曲がりなりも「ちゃんとした量産」の体を整えなければいけない。それはつまり,治具を用意し,手順書や検査基準を定め,安定した部品を投入し,手順通りにやれば,完成品がラインオフするという状態を作らないといけないということである。そして,その立ち上げに必要なリソースは,生産数とは必ずしも比例しない。1kでも10kでも,やるべきことは基本的に同じで,結局やらねばならない。生産数量見合いで,たとえば治具の耐久性を下げるとか,一部の工程を機械化せずに人海戦術でやるといった工夫はありえても,それらによってコストが1桁変わるわけではない。

そうした意味で,本書の副題にある「200万円、1500個から」という記述は誤解を招きかねない。上述のとおり,初期コストと生産個数は比例関係にはない。200万円で量産化できたなら,おそらく1500個でも15,000個でも作れるだろうし,逆に,1500個しか作らないという理由のみで,本来ならば2,000万円かかるものが,いきなり200万円に落ちるということも起こらない。そもそも,実際に200万円で完成するものはほぼなく,著者自身が「半完成で日本に送り家族総出で追加工する」といった手法を提案しているほどである。こうした方法にも一考の余地があることは否定しないが,少なくとも,持続的な商業生産の範疇にある何かではない。そしてもう一度言うが,100や200ではない数の人海戦術は,みんなが想像している以上にきつく,芳しくない結果を招く。

結局のところ,この話に銀の弾などないのだ。きちんと作るには相応のコストがかかり,コストを落とそうとすれば,相応の割り切りとトレードオフを迫られる。それが少量生産の難しさであり,また面白さでもあるのだが。